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幼稚園の歴史



就学前の子どもを持つ親にとっては、今やなくてはならない存在といえる幼稚園や保育園。ここでは、幼稚園にはどのような歴史があり、発展してきたのかをご紹介します。

明治時代にさかのぼる、幼稚園の歴史

明治時代にさかのぼる、幼稚園の歴史

幼稚園の歴史は、1876(明治9)年の東京女子師範学校附属幼稚園(現在のお茶の水女子大学附属幼稚園)の創設が始まりとされています。欧米の幼稚園、とくにドイツの教育者フリードリッヒ・フレーベル(1782~1852)の理念や方法を受け入れて開始されたようです。この東京女子師範学校附属幼稚園を見本として、大阪や鹿児島などでも公立幼稚園が生まれていきます。明治20年代から30年代にかけて、幼稚園数は増加していき、キリスト教系や仏教系の幼稚園も各地に誕生しました。託児所や保育所の普及が地方であったのと対照的に、当時の幼稚園は都市部が中心で、どちらかといえば裕福な家庭の子どもが通うことが多かったようです。幼稚園に関する法的整備としては、1899年(明治32年)の「幼稚園保育及設備規程」や1922年(大正11年)の「幼稚園令」が定められます。当時は、保育園的機能を目的としていた面もあるようです。また、大正デモクラシーのなかで、自由主義的な幼児教育が実践され始めましたが、昭和期に入って戦争に突入するとともに幼稚園・保育園の一部は閉鎖されます。現在の幼稚園の基礎が築かれるのは、敗戦後、1947年(昭和22年)に「学校教育法」が制定され、幼稚園も学校教育機関として位置づけられるようになってからです。

幼稚園での教育指針である「幼稚園教育要領」とは

幼稚園での教育指針である「幼稚園教育要領」とは

当時の文部省では、幼児教育の内容として、1948年(昭和23年)、「保育要領」を発表します。これは、幼児教育内容調査委員会が、戦前からの幼児教育をふまえた新しい方向性として提起したもので、保育園や家庭教育をも含めた内容でした。そして1956年(昭和31年)には、文部省によって「幼稚園教育要領」や「幼稚園設置基準」が示されます。そして、小学生から高校生までの「学習指導要領」の改訂をふまえ、1964年(昭和39年)には、「幼稚園教育要領」も改訂され、法的な力を持つようになります。これが、現在に至るまで文部科学省から示されている、「幼稚園教育要領」の始まりです。それまでは、教師が望ましい活動を指導することが重視されていましたが、1989年(平成元年)の改訂で、子どもの遊びと個性を重視する内容に変わり、1998年(平成10年)には再度改訂が行なわれました。「幼稚園教育要領」は、幼児教育に携わる人のバイブルともいわれ、これに基づいた指導をしている園が多数あります。

変化する、幼稚園の役割

変化する、幼稚園の役割

1950年代から1960年代にかけて、保育園と幼稚園は、急速に普及していきました。当時は高度経済成長期であり、都市化や核家族化が進むなかで、女性が就労する機会や場が増えていきます。そして、保育所や幼稚園などの施設の増加とともに、保育園と幼稚園の位置づけが行政側でも課題になり、当時の厚生省と文部省は協議を行ないます。そして、1963年(昭和38年)年に「幼稚園および保育所の調整についての文部省、厚生省の了解事項について」と題する通知を出しました。ここで、それぞれの機能の違いが強調され、「保育所の持つ機能のうち、教育に関するものは、幼稚園教育要領に準ずることが望ましい」とされます。二元化が明確にされたこの通知をもとに、幼稚園と保育所はそれぞれに普及し、その内容は充実していきました。その後、1980年代初期までは、幼稚園の数は増えていきます。その後、日本は少子化をむかえることとなり、政府は大きな政策転換を行なうこととなります。幼稚園の大きな動きとしては、2000年(平成12年)から、満3歳児入園を幼稚園就園奨励費及び私学助成費の対象としたことなどがあります。2001年(平成13年)からは、子育て相談、子育てカウンセリング、未就園児の親子登園、預かり保育などの一層の展開を図るなど、幼稚園における子育て支援の役割も強まっています。

動物イラスト